濃縮授業 Vol.02

太陽の恵みと人工光合成でつくるクリーンエネルギー

触媒機能化学研究室/阿部竜 教授abe-01.jpg

 

 

 

 

 

太陽光エネルギーから水素をつくる

地球にふんだんに降り注ぐ太陽光エネルギーを、クリーンで使いやすいエネルギーに変えたい。それが私たちの夢です。太陽光エネルギーと聞いてみなさんがすぐに思いつくのはきっと太陽電池だと思いますが、私たちが最終的に目指しているのは電気ではなく、ガソリンなどに代わる水素を水から直接つくることです。水素で走る燃料電池の車がすでに市販されて公道を走っているくらいですから、水素がガソリンの代替エネルギーとして使われ始めているのは知っていますよね。二酸化炭素も排気ガスも出さない。廃棄物は水だけという非常にクリーンなエネルギーです。

水素はロケットエンジンにも使われるくらい、燃焼させるとものすごい熱が出ます。化石燃料もすごい熱を出しますが、炭素が入っているから燃やすと必ず二酸化炭素を出してしまう。水素なら燃やしても水しか出ない。この水素の燃焼を爆発させずにゆっくり燃やせるようにコントロールするのが燃料電池です。

ところが、現在使われている水素のほとんどはメタンガスなどの化石資源からつくっています。だから実はつくる時に二酸化炭素が出てしまうんですね。しかもこれでは化石資源の枯渇の問題を解消できていない。どこかの地域や国に偏りのある資源に依存したままなんです。このような問題を乗り越える方法として私たちが行き着いたのが「太陽光と水と光触媒から水素を生み出す」という研究です。

さて、電気分解を学校で習った記憶がある人なら、太陽光で水素をつくるなら、太陽電池で発電して電気分解すればいいじゃないって思いますよね。そう、実は簡単にできちゃいます(笑)。でも太陽電池はまだ高い。全ての家庭に普及していないことからも分かりますよね。なので、この方法で作った水素の値段はえらく高くなっちゃう。どんなに環境に良いってわかっていても、高ければ使ってもらえないんですよ。そりゃそうですよね。そこで私たちが注目しているのが半導体の小さな粒子を光触媒として使って、これに太陽光を吸収させて、そのエネルギーで水を分解して水素を生み出す方法です。この光触媒の原料は基本的に安くて、普通に土の中に含まれているものを加工して合成してもつくれます。だから、うまくいけば、たくさん光触媒を作って砂漠みたいな大きな土地で大量に水素をつくることも不可能でない。この場合は、たぶん海水を分解することになると思いますが、作った水素を燃料電池を使って酸素を反応させて電気を作ると、なんと真水が出来てくる。砂漠地帯ではこの真水も大きな価値を持つわけです。まさに一石二鳥ですね。

この光触媒を使った水の分解、もしかすると世界を救うかもしれない発明は実は日本でされたんです。1972年に、酸化チタンという材料を使って水を分解できることを、日本の研究者が発見した。その仕組みは発明者の2人の先生の名前をとって「ホンダ・フジシマ効果」と今でも呼ばれているんです。自分もいつか自分の名前が残る発見や発明をしたいものです。おっと、話が脱線しました。この発見は、ちょうど日本で「オイルショック」が起こった時期だったこともあり、石油に代わる新しい未来のクリーンエネルギーとして、我が国だけでなく世界的に大きな注目を集めました。でも、40年以上たった今でも実用化していません。なぜでしょう?それはあとで詳しく説明しますが、太陽光のエネルギーのほんの一部しか水素のエネルギーへと変えられなかったからです。いま我々が使っている化石資源の量を考えると、とてもそれでは足りない。

abe-02.jpg

化石資源のもとは光合成

ところで石油ってなんであんなに使い勝手が良いか知っていますか? 例えば、ガソリン1リットルを車に入れると重たい車が、上手に運転すれば20キロメートルも走りますよね。あの液体にはすごいエネルギーが凝縮されているからです。でも、その石油もこのままのペースで使い続けると、あと50年ほどで無くなってしまうと言われています。もともと採掘できる地域や国に偏りがあるから、減れば減るほどに戦争や紛争の火種になりかねません。

そもそも、化石資源ってどうやって出来たのでしょうか?40億年ほど前、地球にはほとんど酸素は無く、二酸化炭素が多かったのですが、30億年以上前に海の中で光合成を行うラン藻類が出現して、ひたすら光合成をして二酸化炭素を自分達の身体に変えながら酸素を吐き出しました。おかげで酸素が増えて4億年ほど前になってオゾン層ができて、有害な紫外線がブロックされて、生き物が上陸し始めたと言われています。そしてシダ植物などが繁栄して、その死骸などが地中で2から3億年かけて石炭になりました。石油はこれらの植物を食べて育った動物の死骸などからできたと言われています。ようするに、もとを辿れば全部光合成によって二酸化炭素と水からできた炭水化物です。太陽エネルギーの缶詰、言い換えれば貯金なんです。それを我々人類は産業革命の後約300年くらいで全て燃やし尽くそうとしています。

いま、私たちが歩いたり、喋ったりしているエネルギーだって動植物を食べて得ているわけですから、生き物が使っているあらゆるエネルギーは太陽光によってもたらされていることになります。 

abe-03.jpg

自然がやっていることからの気づき

太陽光エネルギーから別の姿のエネルギーや物質へと変化をさせる自然界の光合成がいかにすごいかをわかっていただけたと思います。実は、私たちの光触媒の研究はこの地球を支えてきた光合成を人工的に行うという「人工光合成」の研究でもあります。人工光合成の研究は先ほどもお話したように、石油ショックのあった頃から始まって、特に化石資源に乏しい日本で盛んに行われてきました。でも、なかなか実用化に至らなかったのは太陽光に含まれている光の中でも、紫外線しか使えなかったからなんです。紫外線はあたると日焼けしたり、ひどいと健康に害を与えるほど強いエネルギーを持った光なのですが、その量は地表に届く太陽光全体の5%ぐらいしか無く、量の多い可視光を使った人工光合成には誰も成功しないまま30年ぐらいの月日が経ってしまっていました。

セレンディピティ、らしきものが起きたのは私がドクターの始めの頃です。実験がうまくいかず、芝生で昼寝をしている時、雑草が毎日ものすごい勢いで伸びるのを見て、なんであんなに植物って効率良く育つのだろうかとふと不思議に思ったんです。自分達がこんなに頑張っても、そこらの雑草にもかなわないんだ、と・・・

植物がみんな緑色なのは、葉緑体があるからで、これらが実は赤色の光を吸収していることは、補色、ということを知っていると分かりますよね。で、

大事なことは、赤色の光って、我々の目に見える色んな色の光、可視光って呼びますが、これらの中でも一番エネルギーが小さいんですね。でも植物はその小さなエネルギーを使って光合成を行っている。地上に降っている太陽光の中で量としては一番多いのが赤色の光なので、実は赤色を吸収する植物が淘汰の歴史の中で生き残ってきたのかもしれません。私はそこのところは専門じゃないので分かりませんが。

ここで不思議なことがあります。量は多いけど、やっぱりエネルギーが小さく、化学的な作用が弱い赤色が、物質として安定している二酸化炭素を還元できるのはなぜか? 

それは一度に還元するのではなく、二段階で行っているからなのです。簡単に言うと、一度に10メートルのジャンプはできなくても、5メートルをジャンプできる力があれば2回に分けてジャンプして、結果的に10メートルのジャンプができるということです。この二段階で光合成している植物にヒントをもらい、光触媒の反応を二段階にすれば、可視光線でも水素をつくり出せるのではないかと考えました。

abe-07

このアイデアを思いつき、世界で初めてこの方法を実証したのは実は私です、と言えたら、まぁ格好いいのですが、実はそんなことはなくて、調べてみたら世界中で多くの人がすでに研究してた。まぁ当たり前ですかね(笑)。ただ、誰も成功していなくて、それは不可能、みたいな感じになっていた。不可能って言われると、がぜんヤル気が出てきちゃうんですよね。それは今でも変わらない(笑)で、なぜ今まで挑戦した人たちが失敗したのか、をとにかく考えたんです。きっとそこにヒントがあるはずだと。そして根性・気合い・負けん気、で1年近く研究に没頭して、ようやく解決の手口をつかみました。で、世界で初めてこの方法を実証したのは実は私です。この1年間の話をホントはしたいんですが、話し出すと何時間も止まらないと思うのでガマンします(笑)でも、研究って、ここが面白いんです。アイデアが出ても、それを実証しないと意味が無い。それは教科書に載っていないから、誰も答えを知らない。そう、自分で教科書を塗り替えるんです。何年かかってもいいんですよ。そういう気持ちで研究して欲しいって、うちの学生さん達にはよく言ってます。

abe-05.jpg

身近なものに疑問を持つ

私としてはやっぱり、身近なものを対象に興味を持ってもらい、最終的に身近なところに還元して、役に立つ研究につなげていってほしいですね。

例えば、空気の成分として身近な酸素と窒素。酸素に触れると簡単に酸化するものが多いのに、窒化ってあまり聞きませんよね。どうしてだと思いますか?

空気中の酸素はO2、窒素はN2とどちらも2個の原子からなる分子の状態です。違いは、酸素は二重結合で、窒素は三重結合という点です。二重結合の酸素は切れやすく、三重結合の窒素は滅多なことでは切れないため、酸化はしやすいが、窒化はし難いということがわかります。元素の中に含まれる電子の数を数えていくと、なぜこうなるかというのが完全に理解できるんですね。

また、水H2Oは我々に欠かせないものですよね。この水が室温で液体なのはなぜか考えたことがありますか? 我々の周りを見ても、二酸化炭素CO2ってもっと分子量が大きいのに気体ですよね。なぜ、こんなに軽い水が液体なのか。それは結合の仕方と、角度にあります。簡単に言うと、水分子では、酸素(O)原子と水素(H)原子の結合の間で電子がO側に引きつけられていること、さらにはH-O-Hの結合が曲がっていること、が重要なのです。元素はそれぞれ、電気陰性度と呼ばれる電子を引きつける力が違っていて、OとHではその差が大きく、Oの方に電子がかたよっていて、Oマイナスに、Hはプラスに帯電している。だから、H2O分子はプラスとマイナスに分極している。でも、これって程度の差はあれ、CO2でも起こっている。ところが、H2OとCO2は形が違うんです。これが重要。例えばCO2は直線分子でO-C-Oの角度は180度です。だから少し遠くから見ると、プラスとマイナスの分極も打ち消し合って中性に見えてしまう。ところが、水はH-O-Hの角度が104.5度で曲がった形をしている。だから、よりプラスとマイナスがさらに偏っているんです。水分子の中の電子の数を考えると、結合に関与しない不対電子対というのがあって、これがお互いを離れようとするものだから、分子の形がピラミット型に曲がってしまうんです。こんなことを大学の無機化学の基礎で教えています。なるべく興味を持ってもらえるように工夫してね。

皆さんも知っているとおり、気体っていうのは、お互いの分子が認識しなくなってどっか行っちゃう状態。液体というのは、お互いになるべく留まろうとするけど、固体ほど動きを止めず動いている状態。水は1つの分子内でプラスとマイナスに分極しているから、そのマイナスに帯電したOの部分に、他の水分子のプラスに帯電したHの部分が引き寄せられて、水素結合というものをつくって互いに強く引き寄せ合うので、室温でも液体なのです。水が食塩など、いろんなものを溶かしやすいのも、この性質が関係しています。地球上に生命が繁栄しているのは、水が液体だから、そしてそれは、水素原子と酸素原子が持つ電子の数がもたらす奇跡といってもよいのです。そんな水を分解しようと私は一生懸命がんばっていますが(笑) 

とても基礎的なことにも深い疑問を持って、化学の法則と現象を学ぶことは、その後の応用研究を支えるものですから、授業ではしっかり抑えていってもらいたいと思っています。

abe-06.jpg 

触媒機能化学研究室では
太陽光エネルギー変換(人工光合成)および環境浄化のための新規光触媒系の開発を進めています。 近年の環境問題の深刻化や化石資源の枯渇に伴い、経済発展と自然環境保全が両立した「持続可能な社会」の実現が求められています。地球上に降り注ぐ太陽光のエネルギーは莫大であり、この太陽エネルギーの数%を我々が利用可能なエネルギーへと変換できれば、人類の消費エネルギーの大部分を賄うことも不可能ではありません。 我々の研究グループでは、将来のクリーンエネルギーとして期待される水素を、太陽光を用いて水から直接製造する「人工光合成」の研究を中心に、光エネルギーを用いて有害物質を分解無害化する「光環境浄化」、有用化合物の合成を行う「光ファインケミカル合成」などの研究を進め、これらに適用するための新しい光触媒系の開発を進めています。