濃縮授業 Vol.03

原料から目的の物質までの反応工程に近道をみつける触媒のデザイン

nakao-02天然物有機化学研究室/中尾佳亮 教授

 

 

 

 

 

 

工程を半分にすれば、ゴミもコストも半分

医薬品の多くは有機化合物で、原料から目的となる医薬品をつくる工程には10や20といった段階の有機化合物の反応が必要です。AとBを合わせれば医薬品になるというわけではないのです。そのため、本当に欲しいものが得られる量に対して、何十倍というゴミを出していますし、段階が多ければ多いほど、体に有害な物質が混入する可能性も増えてしまう。この課題を解決するのが反応の段階を減らことと、別の反応の手法に代えるという研究です。20段階が10段階に、10段階が5段階になれば、それだけゴミもコストも削減できて、より安全なものがつくれます。

別の反応の手法に代えるという点で有力なのが、触媒を用いた反応です。有機化合物の反応というのは物質を混合しただけでは起こらなくても、触媒によってはじめて起こせることがあります。触媒はそのもの自身の姿は変えず、反応の媒介だけするものです。極端な話、触媒が1分子あれば、100分子でも1000分子でも反応させてくれるので、触媒はゴミにならない。ですから反応の段階を物質の混合による古い反応から触媒による新しい反応に置き換えられればゴミを出さない可能性があるんです。

ここまで聞いたら、触媒が見つかればこんないいことないと思うでしょ。だから世界中で触媒は研究されていて、日本も歴史の積み重ねがあり、ノーベル賞を取られた野依先生、鈴木先生、根岸先生もこの触媒の研究で貢献したんです。

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触媒には、金属がよく使われます。僕らの触媒の研究のユニークなところは、複数の金属の触媒を使うという点です。単一の金属で成し得なかった反応を同時に複数の金属を使って可能にする「触媒のデザイン」をしています。これまでノーベル賞になっているような研究は、周期表でいうと真ん中あたりの遷移金属を1種類使った反応です。これを複数組み合わせると、その協働作用でこれまでにない反応も期待できるだろうと世界的にも注目され始めた分野です。さらにリガンドまたは配位子と言って、触媒の構造を成している金属の周りを取り囲む有機物との組み合わせでも反応の結果が変わるため、もう無限の可能性があると言ってもいい。

狙わないで、汎用性のある反応を見つける

無限の可能性なだけに無差別に探すわけにはいきません。ある程度反応が知られている金属とリガンドの組み合わせから予想を立てて反応を考えます。現実的には、特定の医薬品の製造工程を置き換えるような触媒を考えることはありません。それよりも僕らの研究は、汎用性の高い反応、いろいろな医薬品づくり、物づくりに広く使ってもらえるような反応を設計することです。例えば、医薬品をつくる人がその目的に合わせて僕らの見つけた反応を応用して使ってもらえればいいんです。それはノーベル賞をとった反応でも同じで、つくりたいものを狙って見つけた反応ではなく、使っていくうちに広がり、信頼ができる反応だ、工程を短くできる反応だとわかっていったんです。発見したときはむしろその価値はわからず、誰も見向きもしなかったような反応さえありました。僕らが見つける反応も使ってもらって初めて評価されるので、使いやすく、いろいろな物質の製造工程の短縮に役立つ反応を探しています。

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全く新しい機能をもったものが生まれることも

反応の可能性が広がったように、新しい触媒によって既存の反応では合成することが無理だった構造のものが作り出せる可能性もあります。今までに無い物質が世界の課題解決につながることもあります。

例えば身近なプラスチック。これは小さな分子が同じ反応を繰り返してつくられた高分子に分類されていますが、世の中で使われている高分子はごく限られた有機化学の反応を使ったものしかないんです。もし、新しい小さな分子の単位「小分子」をつくれる反応を見つけられたら、それを繰り返してつくられる「高分子」は、これまでに無い性質のプラスチックになるかもしれません。

枯渇する化石資源に代わるバイオマスから生み出すものづくり

有機化合物をベースにしたものづくりは石油化学が主流で、石油由来の炭化水素を修飾して、医薬品や材料をつくっているのが現状です。でも、化石資源の枯渇は遅かれ早かれ来ることなので、別の資源からのものづくりの手段を確保しないといけない。そこで注目されているのがバイオマスです。

最初の原料となる物質のことを出発物質と言うのですが、石炭や石油のような化石資源を出発物質とするのと、バイオマスを出発物質とするのでは、これまで化学反応の工程がまったく通用しなくなるわけです。石炭や石油は基本的にはほとんど炭素と水素からなるものなんですが、バイオマスは酸素をいっぱい含んでいることが大きな違いです。これまで、炭素と水素しかないところに酸素や窒素を入れながらつくっていた工程が、多すぎる酸素を除きながら同じものをつくろうとするのですから、完全に考え方も、工程も変えなくちゃならない。まったく新しい反応が求められているのです。この分野はまだ未開拓で、これまでの化石資源ありきの有機化学研究の蓄積が通用しないので、研究の手法がガラッと変わってしまう。バイオマスに頼ったものづくりにシフトする将来に手遅れにならないように、僕らが取り組んでいる新しい触媒と反応で貢献していきたいです。

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身近なものを有機化学の視点で見る

僕がよく言うのは「生きていること自体が有機化学」。みんなの身体の中で起こっている生命現象はすべて有機化学の反応ですよ。薬とか液晶も有機化学の製品で身近なものだけれど、それを使っている、生み出している人間、自分が生きている、生活していること自体から詳しく中身を知ることが有機化学の勉強なのだということを伝えていきたい。そして、身近なものと結びつけて学んでほしい。そうすれば将来、有機化学の分野に進まないとしても、化学全般について見極めができるようになるはずです。

僕の研究室の取り組みに「人の論文を紹介する」というのがあります。自分が面白いと思ったものを見つけてきて紹介するんですが、内容を述べるだけでなく、なぜ面白いと思ったのか考えることと、批評する立場で紹介することをしてもらいます。これを繰り返しやることで、自分自身の研究テーマを設定するときに客観的な批評ができるようになるからです。

自分がやろうと思っていることも、批評の目が正しくなければしょうもないことを始めてしまいます。人の真似しかできないということにもなりかねない。批評する目、評価する見極めを持つことは研究者として一番大事なことですよ。

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天然物有機化学研究室では
「有機分子にありふれた結合を直截的に新しい結合に変換する反応」および「ケイ素やバイオマスなど、自然に豊富に存在する資源を有効活用する反応」の開発を通じて、標的とする有機化合物の合成に多段階を要する問題にアプローチしています。その鍵となるのが「触媒」で、多彩な反応性を持つ「遷移金属錯体触媒」を軸に、有機合成に利用されているいろいろな触媒(ルイス酸触媒、有機触媒、酵素触媒、固体触媒)を複合的に利用して、これらの協働作用によって初めて可能になるような有機分子の変換を目指し、「有用」であるだけでなく、「サイエンスとしての新しさと面白さ」も追求しています。