濃縮授業 Vol.04

先進的な研究をがらりと変えるようなサイエンティフィックな発見を

suginome-01有機設計学研究室/杉野目道紀 教授

 

 

 

 

  

新しい分子を創り出す合成化学

僕のところでは、様々な現象や化学反応が有機分子のどのような働きによって起こるのかを突き止めることに興味を持っています。それと、分子を効率よく作るための新しい反応を生み出して、自然には存在しない有用物質を自分たちの手で新しく創り出す研究にも取り組んでいます。全く自由に、自然には存在しない反応条件や触媒を使って新しい反応を設計するんですが、このような人工的な反応条件での反応もあくまで自然の摂理に沿って進んでいます。いわば化学者がフラスコの中に自分だけの「フィールド」を作り出していると見ることができますね。化学も京都大学の得意とする「フィールド科学」の一つなのかもしれません。これまでにない世の中に役立つ反応や、自然には存在していなかった物質をフラスコの中で創り出せたりする。これが有機化学、中でも有機合成化学のひとつの醍醐味でしょうね。

工学部を志す学生は、すぐに社会で役に立つもの、製品を生み出したいって思って入学する人が多いけど、化学を志すからには基礎となるサイエンティフィックな発見をして、新しい学問を切り開く気持ちを持って入ってきて欲しいと思っています。

例えば今、世界的な注目を集めている研究分野を紹介しましょう。石油って炭素と水素しか含まれてなくて、極めて反応性に乏しいことが常識だったんですが、金属を含んだ分子触媒を使うと、「炭素–水素結合の活性化」という化学反応を起こすことができます。これによって石油に代表される炭素資源を直接有用物質に変換することが可能になりつつあります。どんな役に立つものをつくろうかと世界中の研究者が躍起になって研究を進めています。20年ほど前に日本の研究者が新しい触媒を見つけたことで、誰もうまくいくと思っていなかった反応が意外なほど簡単に進むことに皆気がついたんです。

これはごく一例で、他にはノーベル賞をとった北大の鈴木章先生のクロスカップリングも有名です。これは自然界には存在しない炭素とホウ素の化合物をつくり、ホウ素のところを他のものに置き換える反応ですが、世界中で使われている薬や材料を簡単に効率的に作り出すことができるようになりました。

このように、世界の研究をがらりと変えるような、0から1を産み出そうとする姿勢が大事ですし、この姿勢がノーベル賞受賞者を輩出している京都大学らしさの源だと思います。

時代とともに物質のつくり方も変わってきました。昔はどんなに廃棄物を出そうが、エネルギーを投入しようが、いいもの、新しいものが作れたらよかったわけですが、今はそんなわけにいかない。いかに余計なものをつくらず、効率的に資源やエネルギーを使うかという視点が重要になっています。そこでも有機合成化学は大きく貢献しています。

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形を変える触媒

うちの研究室で一番特徴的な研究はらせんポリマーの研究です。ポリマーというのは同じ分子が連続につながっているものを指していて、高分子とも呼ばれます。多くの場合はぐにゃぐにゃとした不定形ですが、皆さんがよく知っているDNAのようにきれいならせん構造をもった人工ポリマーの合成と機能に興味を持って研究を進めています。らせん構造には右巻きと左巻きがありますが、DNAやタンパク質ではこの巻き方をくるっと引っ繰り返すことはできません。これができるのが人工高分子の面白いところで、同じ高分子が置かれた環境によって完全な右巻きになったり、左巻きになったりと自在に作り分けができる仕組みを見つけています。そして、このポリマーを使って新しい機能を見つけ出したいというのが目標です。

面白い機能の一つとして、このらせん高分子を触媒として使おう、というテーマがあります。多くの有機分子には鏡に写した右手と左手の関係に相当する、右手体と左手体が存在し、これを鏡像異性体と呼んでいます。らせん構造の右巻きと左巻きも鏡像異性体の関係にあります。人間の身体は鏡像異性体の一方から成り立っており、分子的なレベルで非対称な環境が作り出されています。このような非対称な環境では、空気中のような対称な環境と異なり、鏡像異性体はそれぞれ違った振る舞いをすることになります。ということは、右手体の薬は効くけど、左手体は効かないということが起きてしまいます。極端なものだと、片方は薬になるが、もう片方は毒になるということもある。鏡像異性体の混合物を薬として使ってはいけないということが現在の常識になっています。

ですから右手体が混ざっていない左手体だけの薬を作らなくちゃならない。右手体がほしいことももちろんあります。僕らはこの左右をコントロールして分子を作る方法、これを不斉合成と言いますが、これを研究しています。最近、僕らが作っているらせん高分子が、鏡像異性体を極めて高い選択性で作り分ける触媒となることを見つけました。これは人工のらせん高分子を不斉合成の触媒として使った世界で初めての例です。フラスコの中で働く人工酵素のようなイメージです。それだけじゃなくて、らせんの巻き方が右巻きにも左巻きにも変わることを利用して、一つの触媒から右手体でも左手体でも、望みの方を高い選択性で作り分けることにも成功しました。触媒の左右を切り替えて鏡像異性体のそれぞれを効率的に作ろうと、世界の多くの研究者がいろんな分子でチャレンジしていますが、うちのらせん高分子触媒ほど効率がいい結果を出しているところは他にありません。最近では、温度や圧力でらせんの巻き方を変えられるとか、らせん高分子が円偏光を生み出してその円偏光の右左も切り替えが可能であるという結果も得つつあります。この研究はとても発展性がありますから、たくさんの学生に、それぞれの視点で取り組んでもらいたいと思っています。

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大学に入ったら、受け身の勉強ではなく、積極的に獲得する自学自習へ

教育で大事なのは基礎とセンスを学んでもらうこと。僕が行う講義ではまず有機化学の基本的な考え方を身に付けてもらっています。反応がどうやって起きるのか、分子がどう振る舞うか考えるセンスを身につけてもらいます。最初の講義で言うんですが、反応ってレゴブロックをくっつけているのと同じなんです。例えば、8個の穴が空いているブロックで、ある凸と凹をくっつけていくのは誰でもできるでしょう。あれはブロックが1個ずつしかないのと目で見えるからできるわけです。だけど、化学反応ではブロックの数は10の23乗個というオーダーです。しかも目で見たり、手を使ったりできないわけです。化学反応は、ブロックが入った袋をふり混ぜるだけで、狙った凸と凹を1023回正確にくっつけていることに相当するわけです。こう考えると化学反応って素晴らしいですね。これがどうやって起こるのか、ぜひみんなに分子の姿を考えながらわかるようになってもらいたいと思っています。

そして、反応が起こるときに、フラスコの中で分子同士がどういう風にぶつかって、どのように触媒が働き、どの結合が切れてどう組み換えが起こるのかイメージできる正しい知識とセンスを持ってほしいです。それがわからないと反応のデザインができないからです。

大学ですから、自分の研究テーマを通じて、先生を含めて世界の誰も予想しなかった新しいもの見つけることを目標に、研究を進めるわけです。座学は誰かが見つけたことを覚える。対して、研究というのは教科書に載る、その内容を書き換えるようなことを見つけることです。座学なしには研究はできませんが、研究は座学とはまったくスタンスが違うんです。この本を一冊読まないと自分の研究テーマができないと思ったら、必要に駆られて勉強するわけです。自分で自主的に勉強しなければならない。それを元に研究を進める。これは京都大学のキーワードである「自学自習」です。

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小さなスタートから地道に高みを目指していく

入学した時点で、化学の道に進むことがはっきりしているのが理工化学科の特徴です。とはいっても、化学には学術的な観点からも、産業的な観点からも、大きく異なった多種多様な専門分野が含まれています。入学してくる学生は自分の関心のある分野を持っていることも多いです。でも、他にもっと面白い分野がないかとか、将来の視野を広げるためにとか、有機化学、物理化学、無機化学、生物化学、分析化学、化学工学などいろんな化学の分野を広く勉強してほしいと思ってます。あとは研究室に入って面白い研究テーマを自分の手でスタートさせて、そこで目が覚めるような研究をしてほしい。理工化学科にはいろんな専門分野で世界のトップを走る研究者がとてもユニークな研究を進めています。大学の研究者であれ、企業の研究者であれ、一流の研究者に成長するためには、学生のときに一流の研究に携わった経験が必須です。理工化学科はそのような意味で、日本でベストな環境なんじゃないかと思っています。

どんなにちっちゃくてもいいから、自分で新しいものを見つけて、世界で他にないよねって言ってもらうことが嬉しいと思える学生に来てほしいと望んでいます。学生の実験ノートを見たら、100個実験しても後で使えるデータは1個あるかないかです。でも、ゆっくり徐々に自分のフィールドが確立されていくことや、日々ちっちゃな発見に喜びを持てるような学生が、いい研究者に育って大きな研究成果を上げることが多いわけです。最初から目標が大きいのもとてもいいことなんですが、遠くの大木ばかり見ていると、そこになかなか近づかないので途中であきらめちゃって続かないこともあるんですよ。

理工化学科に入るからには将来は研究者となって活躍してほしい。うちの学科に入った学生のほとんどが修士課程に進学して、さらにその2割が博士課程に進みます。博士課程で学位を取った後は、大学の教員になるというイメージがあると思いますが、理工化学科では9割以上が企業の研究者になっています。博士課程の学生には経済的なサポートも用意されています。研究所を持つような大きな企業は博士課程を修了した学生を採用する方向に進んでいます。それは国際競争に勝つためです。製薬会社なら採用の半分以上が博士じゃないかな。ドクターに進んだら就職がないという世間で当たり前のように言われているようなことは、少なくとも理工化学科にはありません。これは化学系の特徴とも言えると思います。

有機設計学研究室では
「有機分子の設計・創製・機能」にかかわる様々な研究テーマを展開しています。各々の研究テーマは有機合成化学,不斉合成,有機金属化学,触媒化学,高分子科学,機能材料科学など,有機化学が関連する諸分野のうちでも特に重要な分野における新発見や新原理を追求するものですが,これらの“有機的”相互作用により,これまでにない複合的な学術分野を拓こうと考えています。世界の物質科学をリードする新反応,新物質,新原理,新概念や新現象の開拓,発見を目指して研究を行っています。