濃縮授業 Vol.01

未来に間に合わせなきゃいけない工学がある

反応工学研究室/河瀬元明 教授kawase02.jpg

 

 

 

 

 

 

化学反応を式と計算で捉えるモデリングという手法

うちの研究室の研究の一つに燃料電池の効率を良くするというのがあります。

燃料電池は、水の電気分解と逆のことをして電気をつくろうというものですが、水素と酸素をまぜて反応させても水ができるだけで、電気はとれない。どうやって電気がとれるかというと、水素の反応と酸素の反応を分けてやって、別々の場所で起こして、その間を水素イオンでつないでいるから。この二つの反応を隔てている膜が大事で、水素イオンだけが通る膜を使います。するとプラスが抜けてマイナスが余る。そのマイナスの電子を外側の回路に通すことで仕事をさせることができるというのが燃料電池の仕組みです。外側から供給した水素がどうやって反応しているかというと、触媒のとこまで運ばれてきた水素が水素イオンになって、水素イオンがポリマーでできた膜を通って、向こう側からやってきた酸素と出会って水蒸気ができる。

燃料電池は大きく2種類あって、一つは膜がポリマーのもので、私たちが研究している固体高分子形というものです。もう一つはセラミックスを使うもので、他の研究室が研究しているSOFCというものです。

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燃料電池って図にすると単純だけど、大きな化学工場並みに複雑な仕組みなんです。電気化学の反応だけじゃなくて、イオンが動いたり、水蒸気になったり、液体の水になったり、平衡が出てきたり。その効率をあげるのは容易なことじゃない。

燃料電池は発電効率がいいというけど、実際は入れた水素のもっているエネルギーの1/3が電気になって、あとの2/3は熱になる。家庭用の燃料電池の出力が1 kWだとすると、2 kWの熱が出るということです。現在普及している家庭用燃料電池で言えば、こたつ2、3個分発熱していることになる。だから、発熱を抑えてその分発電できるようにすればいいのだけど、改善点を調べるには一つ壁があるんです。それは、反応が起きているときの膜の温度を測ろうにも膜が薄すぎて温度が測れないこと。膜は20 μm、薄すぎて温度計を差し込めない。そこで使う手法が「モデリング」という「式を考え計算によって導き出す方法」です。

まず、どうやって式をつくるのか。アプローチは2つあって、一つは頭の中で考えて理論的につくる。2つ目は実験して、どのような関係がそこにあるかを見つける。2つのことをどっちもやらなくちゃいけない。うちでの研究は、理論をやり、実験して、シミュレーションをするところまでがワンセットになっています。こうやって、実際には測れない領域にモデリングという手法で迫っていくんです。

エネルギーは欲しいけどCO2は減らしたいという矛盾とどう向き合うのか

CO2を減らすってことは、効率よく使えってことですよね。だって、炭素をエネルギーの低いCO2に換えることでその差が使えるエネルギーになって取り出せるわけで、エネルギーは欲しい、CO2はいらないと言われてもどうしようもない。じゃあCO2を減らすにはというと、取り出したエネルギーを効率よく使うしかない。だから、ものをつくったり動かしたりするのに必要なエネルギーを減らすことが大事になってくる。

多くの場合、何かをつくるときの反応させる温度を決めるとき、高すぎても悪いことがあり、低すぎても悪いことがありで、一番いい温度を決めなくちゃいけない。「中くらいがいい」と言われても、誰も何℃にしたらいいかわからない。「430 ℃がベストです」とか誰かが言わなくちゃいけない。その数字を答えるのも私たちの研究。だからどうしても計算式がいる。

燃料電池をつくるのでも触媒の白金をどのくらい入れればいいのか。あるいは圧力を上げたらいいのはわかっているけど、どこまであげたらいいのか。もうすこし濃いのがいいですじゃなくて、何%濃度を上げるのがベストなのか。こういう課題に数字で答えていくことも私たちの仕事なんです。

さらに答えって一つじゃないんですよ。実験室で見つけるベストな効率と、経済的に導きだすベストな効率は違ってくる。例えば、中東では水は高くって使えない、なんていう周りの条件によってベストな答えっていうのは変わる。私が教えているのは、何がベストかじゃなくて、どうやったらベストが決められるのか、理屈を出すことです。

工業の世界では、経済、コストとエネルギーとは同じですよね。80円のものを買ってきて、10円かけて、90円のものをつくって、100円で売るんです。だから、何かが100円で売ってるというのはそれをつくるのに90円のエネルギーが必要だったということです。だいたいの工業製品はね、石油をどれだけ燃やしたかでものの値段が決まる。そこに付加価値、ブランドが付いて値段は変わってくるけど、工業製品、一般消費者に届かない中間製品は、ほとんどがコストで値段が決まる。コストって何かというと、全ての化学製品はそのへんに落ちているものからつくっている。だからそれを運んでくるのにどれだけ石油を燃やしたか、反応させるのにどれだけ石油を燃やしたかで値段が決まる。

高いというのは、実はエネルギー消費量のことだ、ということがわかってほしい。お金かかってもいいからCO2を減らしましょうっていうのは矛盾していることがわかるでしょ。これが公害物質とは違うところ。公害物質が出て来るのはお金かけて減らせられるが、CO2を減らすのにお金をかけるとますますCO2を出すってことになるので矛盾している。

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エンジニアの責任は太陽系を視野にいれるぐらい広く

私の教育の特徴は実験から計算まで全部やらせることかな。普通は実験屋と計算屋って分かれているんだけどね。

この工場一つだけだったらこれだけやればベストかもしれない。でもコンビナート全体だったら一つの工場でゴミだったものが使えたりしてね。日本全体、世界全体と規模を変えて考えたらまた答えは変わってくる。どこまで広げられるか、エンジニアはどこまで責任持たないといけないか。今は明らかに地球全体を考えなくちゃいけない時代。そしてもうちょっと先まで考えなくちゃならない。太陽系ぐらいまでは考えなくちゃいけない。それが太陽系全体でいいことかって考えられるかどうかは、今僕たちのチャレンジですよ。目先の利益はわかるんですけど、それを目先からどれだけの規模に広げられるか。そういうチャレンジです。私たちの化学工学分野での用語を使うと、「部分最適化ではく、全体最適化をしなければならない」と言います。いろんなことを考えて、一つの答えを見つけなくちゃいけない。だからいろんな計算をしなくちゃならない。計算できないといけない。

例えば、今、分子と分子が反応するときに電子がどう動いているのかという計算が可能なわけですが、それをやって地球規模の最適化ができるかというと、そんなもの間に合わないですよね。計算自体は不可能ではないですが1日後のことを知るのに1年かかるというのは意味がない。なにより人間には寿命がある。早くできるのはとても大事。明日の天気予報を3日後に予想できてもしょうがないように、未来に間に合わせなきゃいけない。少しあやふやになってでも間に合うように答えを出さないといけない。これが理学と工学の決定的な違いですね。

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残りはどこへ行った?を常に考える

例えば、酸素が1時間で1 kg入ってきました、水素が1 kg入ってきました、出口に水が500 gできました、残りはということです。2 kg入れたら2 kg出るに決まってますよね、という計算を徹底的にやってもらいます。これが難しい。普通の人は自分がつくりたいもののことしか考えない。残りはどこに行ったのかを考えてもらうんです。

燃料電池で1 kWの電気がつくれました。でも水素のエネルギー3 kW入れたよね。じゃあ、2 kWはどこに行ったんだろうか。これが、実際にものをつくろうとなると大事になること。残りはどこへ行ったということですね。工業プロセスでいうと、こうゆう反応をやって、分離して、原料を元に戻してみたいなことを繰り返して、製品をなんぼつくりたいときは原料はなんぼいるのかを計算するわけです。一つ一つの装置を計算するのは簡単なんですが、全体でってなったら手をつけられますか、です。この訓練をするのが化学工学量論です。やってることは所詮、質量保存則です。

理工化学科の化学プロセス工学コースに来て4回生になると、グループワークで2、3人が組んで化学プラント(工場)の設計をします。プロセス設計という科目です。グループワークだということが一つのポイント。エンジニアの仕事は1人ではできないから。どうやって人と一緒に仕事をするかを学んでもらわないといけない。この科目でみんな気づくのは、何と言ってもコミュニケーション力。自分が伝えたいことを伝わる言葉にするのって、さっきのモデリングにつながっていくと思っています。

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反応工学研究室では
研究対象は大きく分けて、材料関係ともう一つはエネルギーで、エネルギーはさらに二つにわかれていて、一つは電池関係。もう一つは石炭やバイオマスです。一見見るとバラバラですが、どれも反応プロセスをモデリングするという研究になります。あと、反応装置のモデリングの研究もしています。製品そのものではなく、プロセスをつくる。それが私たちの研究です。