濃縮授業 Vol.06

バケガクで生命活動を解き明かす

umeda-01生体認識化学研究室/梅田眞郷 名誉教授

 

 

 

 

 

 

温度という視点から生命活動をみる

生物をどんどん細かく見て行くと、最終的には複雑な分子の集合体になります。そして数万種類の化学反応系が集積して、巧妙に制御されることにより生命活動が営まれています。私たちは、様々な生命現象を化学の立場から解き明かそうとしています。特に、分子の存在状態や反応性、酵素などの生化学反応が温度に強く影響を受けることから、「温度」という側面から生命活動を解き明かす「温度生物学」の研究をしています(図1)。

図1
図1

京都大学の工学部の中で、私たちのように「生物」という名前がついた専攻名「合成・生物化学専攻」がある学科は理工化学科だけで、理学の動物学、植物学とも違い、化学をベースに分子単位で生命を理解しようとしているのが特徴です。

生物の温度といえば身近なのは動物の体温調節ですが、私たちの体温がどのようにして決まっているのか、実はまだ解っていません。また、周りの温度の変化とともに体温が変化する変温動物も体温調節を行いますが、彼らがどのように体温を決定しているのかも明らかではありません。先に言いましたように、生物は分子の複雑な集合体で出来ていて、その分子間の相互作用や動きが、生きていく上で適切な温度に熱力学的にコントロールされています。高すぎても低すぎても死んでしまう。私たちのエネルギー源となるATP(アデノシン三リン酸)も化学反応により作られて、またその化学反応の際に出る熱が私たちの体温の源になっているのです。つまり、生物の基本的な反応はすべて、温度の支配下にあるとも言えます。逆に言えば、温度という新しい視点からも生命活動を解き明かせるのではないかと考えているのです。

体温に関係している遺伝子を探す

私たちは風邪をひくと発熱しますよね。熱を出すのは体内の菌を死滅させるためで、寒いと感じるのは体温の設定温度を上げて、代謝をあげろと脳が指令を出すからです。私たちは今、脳のシグナルを受け取っている細胞の中で、どの遺伝子がどのような作用をして設定温度が決められているのかを実験しながら調べています。

その中に、ショウジョウバエを使った体温調節に関係する遺伝子を探す実験があります(図2)

図2
図2

ショウジョウバエの幼虫を室温25℃と19℃の環境で育てます。その後、温度勾配のある環境に移すと、25℃で育てたハエはだいたい22℃ぐらいのところに集まり、19℃で育てたハエはだいたい18℃ぐらいのところに集まります。幼虫の頃の環境温度を覚えているんですね。そこで遺伝子をひとつずつ壊したハエをたくさんつくったところ、ある遺伝子を壊すと25℃で育てたのに低い温度に行こうとする「暑がり」のハエや、19℃の環境で育てたのに暑いところに行こうとする「寒がり」のハエがつくれることがわかりました。この遺伝子はジストログリカンというタンパク質を作る遺伝子で、筋ジストロフィーというヒトの筋肉を萎縮させ機能を失ってしまう病気にも関係している遺伝子でした。

省エネなハエとヒトの代謝

遺伝子と体温とはどのような関係があるのかを調べていくうちにわかったことがあります。それは、遺伝子が壊れた暑がりのハエはものすごくエネルギッシュだということです。自作の装置でハエが酸素を吸ってどのくらい二酸化炭素を出しているかで代謝を測ると、代謝の高いハエが温度の低いところへ行き、代謝の低いハエは温度の高いところへ行くことがわかりました。さらに、空気中の酸素濃度を変えても選ぶ温度が変わることから、どうも脳の中の酸素濃度を感じて、自分の代謝が高いか低いかを判断して、温度を選んでいるようなのです。つまり、暑がりのハエは余計にエネルギー代謝が高いために、クールダウンしようとして温度の低いところを選んでいたのです。このように、自分のエネルギー代謝のレベルを知り、環境の温度を選ぶことにより体温調節するという「省エネ」な生き方は、ハエなど昆虫をはじめ地球上の多くの生物に共通しています。では、ヒトはどうかというと、常に他の生物をたくさん食べて熱を作ることにより体温を一定に保っています。他の多くの動物が「省エネ」な生き方をしているのに対して、私たち哺乳動物は極めてはた迷惑な動物と考えることも出来ます。

下の図3は生物の体重当たりのエネルギー消費量を表しています(図3)。ゾウリムシとか単細胞生物のエネルギー消費量を1だとすると、変温動物はその10倍、恒温動物が100倍、そして電気など社会的なエネルギーも使っている現代人は1000倍以上になっているんです。そして、産業革命以降、人口も増えているわけですから、地球にどれほどの影響を与えているのか考えなくちゃいけないですね。

図3
図3

また、食べる物もこの50年間で大きく変わってきています。私たちは、以前は米を中心とした食生活をしていましたが、肉を食べるようになり、糖質の摂取量が下がり、脂質の摂取量がどんどん上がってきています。このような食生活の変化は、糖尿病や動脈硬化などいろいろな代謝病を引き起こし、私たちの健康に大きな影響を与えています。また、食べ物は、私たちのエネルギー代謝や体温調節にも強く影響すると思いますが、そのメカニズムはまだ研究されていません。例えば、ショウジョウバエの餌に、皆さんが多く食べているリノール酸という不飽和脂肪酸を加えると、ショウジョウバエは暑がりになって、体温を低く保つようになります。このような行動が、どのような物質や神経機構で引き起こされているのか、その分子機構を明らかにしようと研究しています(図4)。

図4
図4

共生と体温調整

遺伝子以外にも腸内細菌がショウジョウバエの体温に関係しているというのもわかってきています。実験で無菌培養して腸内細菌が無いハエをつくったところ、すごく暖かいところに行き、腸内細菌を戻してやると平均的な温度のところに行ったのです。この実験から、腸内細菌がいるいないはハエの基本的な温度調節にものすごく影響していることがわかりました。

では、ヒトはどうでしょうか。ヒトは自分の細胞の10倍以上の生物と共生しています。大腸だけでも4千種もの細菌と共生していて、半年も経つと入れ替わってしまったり、人によって種類が違っていたりしますが、ハエ同様に腸内細菌がヒトの基礎代謝に影響していると考えられます。温度という切り口から生物を観ていると、いろんな副産物がわかってきます(図5)。

図5
図5

ハエの病気に関わる遺伝子の70%はヒトとも共通ですから、ハエが持ってるもののほとんどを人も持っている。だからハエを調べればヒトのいろんなことに応用できるんですけど、僕たちはそこから薬を創ろうとは考えてなくて、一番基本的な生物の原理、そこに関わる分子を見つけることを目指しています。私たちが「こんな面白い分子や機能があるよ」って伝えて、テクノロジーの人たちが応用したり、医学・薬学の人たちが創薬につなげていってくれたらと思っています。

温度生物学のはじまり

温度生物学の一番最初はね、「熱っていうのは何なんだ?」っていうことから始まっています。これは「心臓でものが燃えて熱が出てる」という意味のギリシャ語「イネートヒート」っていうことをサントリオという人が言い出したんです。彼は、人間が乗れる秤をつくって、秤の上に乗って一日中生活してみたのです。食べて排便するという暮らしを30年間やったんです。やってわかったことは取ったものより出したものが少ない。その分がエネルギーを発散しているっていう、それが熱なんじゃないかって初めて言い始めました。

その次に、有名なラボアジエとラプラスのペアが、代謝の熱産生を測る機械を作りました。冬場に熱が逃げないようにして色々悪戦苦闘して調べた結果、例えば「糖が酸素で燃える、でCO2と水になるエネルギー」と、「ネズミがそれらを代謝してCO2と水にする」のは、同じだけのエネルギー、熱を出すことだと最初に示したんですね。体の中で燃焼しているというのは、ものに普通に火つけて燃やすのと、全く同じエネルギー、熱を放出するというのをこの二人が示したことから、温度と生物の関係の研究が始まったんです。

面白いのは、ラボアジエって借金の取り立てというか、政府の割と高官だったんですよね。そのため、フランス革命でギロチンにかけられて若くして死んでしまうんです。それを嘆いたラグランジェという数学者が、「ラボアジエの首を切るのは一瞬だけど、その首を切ったことで化学界は100年遅れる」って言いました。実際に、フランスは産業革命でドイツとイギリスに置いていかれるんです。ある意味、化学者の産業に及ぼす寄与は大きかったんじゃないでしょうか。

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生体認識化学研究室では
生物には数万種類のタンパク質が存在し、数千種類の脂質分子が存在しています。それらの中から特に細胞の分化増殖や形づくり、個体のサイズやエネルギー代謝など、生体機能調節に重要な働きを担うタンパク質や脂質分子を探索しています。これらの研究で得られた知見は、筋ジストロフィーや肥満・動脈硬化などの様々な代謝疾患の発症機序解明や治療薬開発の基礎となります。