濃縮授業 Vol.05

有機材料でつくる次世代太陽電池実現への道

ohkita-01高分子機能学研究室/大北英生 教授

 

 

 

 

 

 

有機材料でつくる利点と課題

太陽の光エネルギーを直接電気に変換する太陽光発電は、枯渇する化石燃料の問題、原子力発電の安全性の問題、二酸化炭素排出による地球温暖化の問題など、現代の大きな問題にいずれにも応えてくれる発電システムです。しかし、これまでの発電システムを代替するにはまだ太陽電池の課題は多く、それを「有機材料」で解決しようというのが、今私たちがメインに取り組んでいる研究です。

太陽電池にはこの図(下図)のように、「無機系」と「有機系」二つの系があります。さらに「無機系」には「シリコン系」と「非シリコン系」。「有機系」には「色素増感太陽電池」と「有機薄膜太陽電池」があり、私たちの研究はこの「有機薄膜太陽電池」です。現在、普及している太陽電池のほとんどは無機であるシリコンを材料に作られています。これを有機材料(高分子)で作るとシリコンにはない利点が活かせます。このような研究は日本だけでなく、次世代太陽電池として世界中で注目されている大きな研究分野の一つになっています。

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高分子というと、高校の教科書に絶縁体って書いてあるんですが、電気を流したり、光を当てると電気を生み出したりする導電性の高分子材料もあるのにまだ浸透していない。大学に入ったら、まずはそこから知ってもらわなくてはならないですね。

高分子などの有機材料の一番大きな利点は、室温で液体に溶けますから、要するにペンキみたいに屋根や壁に塗ることができる、インクみたいに印刷することもできるということ。新聞印刷の輪転機のように高速に大量生産が可能になり、コストダウンにつながります。シリコンの最大のネックは製造コストです。このコストが下がらないと、「やっぱり安い原子力を使いましょう」って話になってしまいます。シリコン自体は地球上に潤沢にある材料ですが、溶かして加工するには1000度以上に加熱しなければならず、大量の電力を必要として、これがコスト高の一因になっています。その点、有機材料は加工がしやすく、室温で液体の溶剤に溶かして、その溶剤を塗ったり、印刷したりすると溶剤だけが揮発して、あとは有機材料のフィルムが残るというイメージです。

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この有機材料でつくる太陽電池の効率は、2000年ごろは1%しかなくて、もちろん実用にはほど遠かったんです。しかし、ここ最近年々伸びてきて10%を超えるようになってきました。この数値は、電卓についているアモルファスシリコンという安価な太陽電池と同等です。屋根の上に設置されているシリコンは結晶化した高品質なもので、20%を超えています。ですから、シリコンと競合できる土俵に上がれるよう、20%超えを目指して日夜研究がされているところです。

もう一つの大きな課題は、有機材料は無機材料よりも耐久性が劣るということです。屋根の上に設置するような太陽電池は効率だけじゃなくて何年使えるかもコストにつながっています。ですから、耐久性が期待できるようになるまでは、有機材料のメリットである軽さや、フレキシブル、着色可能といった特性を活かして、モバイルや糸に編み込んでファイバー状にしてウェアラブルにするなど、多様な使い方から模索していくことになると思います。

太陽電池の中で起きていることを可視化する

効率の良い太陽電池を目指すなら企業でも同じことができますが、ここは大学なのでサイエンティフィックな研究に重点を置いています。実は有機材料でつくった太陽電池がどのような機構で電気を生み出しているのか、十分には解明されていません。そこで私たちの研究室では、その機構を丹念に調べるために「レーザー分光法」というアプローチで励起状態のダイナミクスを観測しています。太陽電池で言う励起状態というのは、光が当たって電子が高いエネルギーを得た状態のことで、シリコンのような無機材料だと励起状態からすぐに電荷が発生するので比較的単純な機構なのですが、有機材料だと励起状態から電荷が発生する原理がよくわかっていないんです。

レーザー分光法を使えば、光が当たってから+(プラス)と−(マイナス)の電荷が発生して、電極に回収されるまでのプロセスが逐一観察できます。ただし、その時間は非常に短くて、フェムト秒という1000兆分の1秒(10のマイナス15乗秒)でパッと励起状態になって、マイクロ秒で電極に回収されてしまいます。この高速現象をうちの研究室にある約100フェムト秒くらいだけ光るレーザーを使って観察すると、現象の一時一刻で何が起きているのかわかるのです。暗闇を高速で動く物体をストロボを照らして写真を撮ると静止画が撮れるのと同じような原理ですね。

無機材料というのは光が当たると自由に動くことのできる+(プラス)と−(マイナス)ができて、後は電極にいかに回収されるかで電気が生まれますが、有機材料は光を当てるだけでは自由に動ける+(プラス)と−(マイナス)はできません。+(プラス)と−(マイナス)がくっついた状態のままの励起状態しかできないのです。そこで、うまく+(プラス)と−(マイナス)を分けるために、異種材料を用いて界面(性質の違う物質が接する面)にくると解離できる仕組みを使っています。ところが、クーロン引力でくっついた+(プラス)と−(マイナス)がなぜ界面でうまく分かれるのか、発電のロスがこのプロセスのどこに起因しているのかといった基本的なこともわかっていません。

励起状態から+(プラス)と−(マイナス)に分かれる前に元の基底状態に戻ったのか、励起状態から+(プラス)と−(マイナス)に分かれたけれど再結合して消滅したのか、分かれた自由キャリアがどのくらいの寿命があるのか、そういった分子の時間スケールでの様子をレーザー分光法というアプローチで解明しようというわけです。これがわかれば、効率の障壁になっているロスの原因が特定でき、ロスをいかに抑えるかという次の考え方に展開することができるのです。

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化学の幅広い興味に応える理工化学科へ

もともと私たちの研究室では、太陽電池に限らず、高分子の構造や機能を物理的に解明する研究を行っていました。光を当てたら励起状態がどうなっているのか、電子はどうなっているのかという研究をしていたら、エネルギー問題の解決という時代の要請にマッチングして、今の研究にシフトしました。サイエンティフィックな基礎となる研究をしていたことで、社会の課題と柔軟につながり、ユニークな研究へと発展してきたということだと思います。

では、基礎となる研究を支えているのは何かと言うと、基礎的な知識の習得と「どうして?なぜ?」と考える探究心にあります。理工化学科ではとにかく分子の世界のルールを知ることが重要です。それもマクロなルールだけではなく、分子の中や、分子レベルで考えられるルールも身につけることです。基礎から応用まで幅広く、また化学に関してレンジが広いので、理工化学科に入学してからもどんな研究をしようかいろいろと迷うと思います。でも、「ここになかったら日本には無いぞ」っていうくらいバリエーションが広いのも理工化学科の自慢ですから、大いに迷って考えてもらったらいいんじゃないでしょうか。ぜひ化学に興味のある若い人たちにチャレンジしてほしいです。

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高分子機能学研究室では
「高分子と光」、「構造と機能」をキーワードに、光で高分子を観察し、高分子で光・電子を操る研究を行っています。種々の分光法・顕微鏡法によって高分子の構造と物性を調べ、高分子の中で起こる光化学反応・光物理素過程を調べています。そして、これらの基礎的な知見を基に、新しい光・電子機能を持つ機能材料の構築を目指しています。